2010年7月14日水曜日

7/13 その1 やっと上越市

道の駅まつだいを6時前に出発。午後は雨の確率が高いので出来れば午前中にしかるべき場所を見つけたい。それにしても昨夜は車の音がうるさかった。丁度上り坂だし、建物に音が反射するのでトラックが通ると轟音になる。それでも少しは寝たので慣れて来たか?
道の駅を出るとすぐ上り坂である。7〜8kmも続いたか長い上りからトンネルを過ぎてようやく下りになる。さっきから小雨が降ったり止んだり。一気に下り、少しなだらかになり、さらに平坦路を真っすぐしばらく走ると上越市に入る。雨が強くなる度にコンビニやガード下で雨宿り。タイヤはもういつパンクしてもおかしく無い状態なので段差や石ころに気を使いながら走る。直江津で自転車店を検索すると何軒かある。カタカナ名の方がスポーツ車を扱っているかと思ってサイクルショップナントカへ行ったら、大外れ。そこで教えてもらった1kmほど離れた店へ行く。あるにはあったがスリックではない。700用は沢山ある。マウンテンバイクよりロードやクロスが主流の店らしい。卸商へ行ってみたらと店主のおばさんが言うので行こうとすると、何と前輪がパンク。仕方無く、店先を借りて修理。小さな切り粉が刺さっていた。タイヤが薄いのですぐチューブに刺さる。雨の中3kmほど離れた卸商へ。さすが卸商、ありました。今度はサイズを今までの1.5から1.75に少し太くする事にした。倉庫の入り口を貸してもらって無事交換。元前輪に付いていた少しましな方のタイヤを予備で持つ事にして、他のは処分をお願いした。雨はさらに強くなってくる。ヨーカ堂で雨宿りついでに弁当を買って昼食。もう2時。今日の宿を求めて10数km先の道の駅へ向かうが雨が強くなりバス停で雨宿りだが眠くてしばし居眠り。少し行くと車道とほぼ並行に自転車専用道路が有る。自転車なぞ余り通っているとは思えないほど両側は草だらけ。しかもトンネルは濡れていて雫が落ちてくる。正直かなり不気味。これは線路跡のようだ。



自転車専用道路をゆっくり走ったり途中怪しげなヒッチハイカーと話したりしたので、道の駅(うみてらす名立) に着いたのは5時近く。さっきの自転車卸商の人は、もう一つ先の道の駅の方が泊まるには良いと教えてくれたが、ここは風呂があるので今日はここに泊まる事にする。一見適当な所が無さそうなので、すぐそばのバス停で寝る事にした。地下連絡通路の入り口なのでどうかと思うが、人は殆ど通らない。ただ、道路のそばなのでうるさい。

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2010年7月13日火曜日

7/12 上越市をめざす。

昨夜はほくほく線のガード下。駅は近いのでメールや地図をみるには不自由しない。トイレもすぐそば。コンビニも近い。十日町はもっと小さな町と思っていたが、けっこう大きい。駅裏などは新築の家が沢山建っている。昨日コメリでタイヤを買っておいたので出発の前に交換しようとしたが、ホイール径に全く合わない。買ったのはマウンテンバイク用では無く普通の自転者用。インチ数が同じなら使えると思ったが大間違いであった。仕方無いので前後のタイヤを入れ替えた。やはり加重の大きい後輪の方が減りが早い様だ。雨が小やみになったので9時過ぎに出発。ほくほく街道R253で上越市を目指す。上り坂だ。そのうち雨が降り出し段々強くなったのでトンネル前のバス停で雨宿り。昼には少し早いが腹が減ってきたので、昨日正田シェフに持たされた余り物のウドンに納豆をトッピングした納豆ウドンをつくる。スープは北海道で買っておいた玉ねぎスープ。まあまあの味である。









昼頃、(道の駅まつだい)で又しばらく雨宿りして、小やみになったので出かたが、いくらも走らない内に雨が強くなる。バス停で長い間雨宿りしたが止みそうもない。結局又道の駅まつだい迄戻る。今日はここで泊まりである。なぜか高校性が大勢たむろしている。ほくほく線は六日町から上越までを結ぶ第三セクター。トンネルの多い路線だ。ここのトンネルは世界でも指折りの難工事だったらしい。

走行距離 21km
支出 3135円

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7/11 十日町キャンプ

キャンプ場コテージの朝。いつもと違ってゆっくり起き出した。釣り好きの1人は早くからそばの池で釣りをしているらしい。
顔を洗ったりしているうち、何人か起き出して昨日の残りのビールを飲み出した。まだよく冷えていると言うので私もいただく事に。朝からビールなんてこの上ない贅沢。我らシェフの正田さんは忙しく朝食の準備。メニューは焼き魚(粕漬け)味噌汁、スクランブルドエッグ他。他の連中も手伝い朝食。私は何もしなくて良いとの事だがほんと申し訳無い。でもラクチンである。食事後もめいめい散歩や昼寝(朝寝?)。私も昼寝なぞしたのは本当に久し振り。釣りをしていた大津さん。何か10匹程釣れたようだ。しかしこれはテーブルに乗る事はなく、池に返されたもよう。チェックアウトは延長して午後3時なのでのんびり出来る。少し荷物の整理などしているともう昼。正田シェフが又腕を振るう。昼食は軽めのうどん。午後3時過ぎ、みんなにふたたび見送られて出発。みんなのお陰でしばし楽をさせてもらったが、また現実の日本一周の旅に戻る。






あいにく小雨なので取り合えず十日町の道の駅に来た。風呂もあって良い所だが建物は22時に全部閉まるそうで、泊まれる様な所はない。街中の道の駅はたいていダメだ。野菜やスイカを売っているおじいさんに「ここに泊まろうと思ったけどダメですね。」と言ったら「ここは無理だな。そんなら駅の裏口ほくほく線のガード下なら大丈夫だ。あそこなら誰も何にも言わないよ」と教えてくれた。このおじいさん、「わしも若いころ自転車で日本一周したよ」と言う。「50年くらい前ですか?」と聞くと、「もっと前だな。」「その頃なら何にも無くて大変だったでしょう」と私、「今みたいにブルーシートは無いし、テントはごつくて重いので紙に何度も油を塗って乾かした油紙でテントを作って持って行った。真ん中の棒は現地でその都度調達した。これは軽いので良かった」「北海道で寝ている時、テントの中にヒグマが入って来て肝を潰した。釣った魚を食べ、残り半分をテントに入れていたので、その匂いに惹かれて来たんだろう。クマもびっくりしたようで、慌てて逃げて行った」「地元の人にいろいろ親切にしてもらったし、大変だったけど楽しい旅だった」その後特攻隊での生還の様子など話してくれた。昨日の事のように細かい事まで話してくれた。別れ際に「気をつけて回れよ」と言ってくれた。おじいさんに教わった場所に来て見た。広いガード下はこの駅を利用する人のための駐車場になっていて、柱の陰で駐車出来ないデッドスペースがある。テントを張るのに格好の場所だ。

走行距離 14km
支出 1250円

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2010年7月11日日曜日

7/10 十日町


(道の駅R290とちお)に泊まった。建物には大きなひさしがあってテントを張るには格好であった。芝生もよく手入れされ非常にきれいな道の駅。
雨であったが朝早くから犬の散歩にくる人が多い。朝飯がわりのパンを食べていたら、犬を連れた人が親しげに話しかけて来たので暫く話した。犬も人なつっこい。泥棒が入っても役に立たないと笑っていた。






今日はニコニコクラブの連中がわざわざ私を激励するために、群馬から出て来て十日町で合流し、キャンプ場で一泊しようと言う計画がある。このためメンバーの1人が、私が北海道にいる内にそれ迄の走行パターンから推測して、且つ十分余裕をみて今日に決めた訳である。ところが私の方は予定外に男鹿半島へ行ったり、切り絵の先生と秋田で一泊したり、栃尾市のへ行ったりで、当日果たして間に合うかとかなり心配させた様である。ここ数日はいつものペースより距離を稼いでいたので、何とか予定通りに十日町に着けそうである。十日町のキャンプ場迄60km余り。朝6時すぎに出たので昼には楽に着けると思ったが、長岡市迄は長い上り坂。超えると一気に下って長岡市。17号バイパスは自転車が通れない所が沢山あり、その度に迂回したり時間ばかりかかる。やっと117号線に入って順調に走れる様になったが雨模様。ニコニコの連中は十日町のジャスコで買い物中であるが、そこへ合流するとかなり余分に走る事になるので、先にキャンプ場へ行く事にする。ところが117号線からキャンプ場の方へ曲がってすぐにパンク。初パンクである。外してみると、まだ山が残っているから大丈夫と思っていたタイヤは、相当減っており、中央部はとても薄い。釘などは笹って無いので、尖った石かなにかでチューブに穴があいたようである。とりあえず修理したが、早めにタイヤ交換の必要がある。さらにキャンプ場を目指すが、これがまた大変。ゴルフ場内と言う事なので悪い予感はしていたが、果たして上り坂。特に手前1km位からはとても乗っては行けず、大汗をかきながら押して上った。友はありがたい、我に難行苦行を与えてくれる。キャンプ場のあるゴルフ場案内所にようやく到着。しばらくして連中も到着。キャンプ場はここからさらに2kmも山坂を言った所だと言うので、自転車を預けて連中の車に乗せてもらった。車は楽である。キャンプ場のコテージは著名な建築課が設計した人気のある物だそうだ。今夜の夕食は我がニコニコクラブのシェフが腕を振るってくれた。一応客人扱いの私は何もしなくて良い。美味しい物を食べて飲んで、久々に友と語らい楽しい夜を過ごした。






走行距離 66km
支出 384円

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7/9 旧栃尾市

道の駅ふるさと村は街中なので泊まるにはあまり適当ではない。いろいろ探した挙句、河川敷でラジコンヘリを飛ばしていた人に訊いて公園の隅にテントを張った。高速の橋の下なので、もし雨でも大丈夫と思ったのは大きな間違いであった。高速を通る車の音は意外に大きく、大型トラックが通ると地響きがする。耳栓をするが、低い音や振動には効果がない。結局よく眠れないまま朝になった。今日の目的地は旧栃尾市。今は長岡市に合併されているが、同じ名前のよしみで一度訪れたかった。見附市を通ってR19を走るが、こんな山奥に町があるのと思える程である。途中の案内板に栃尾の字を見つけ、なんだか嬉しくなる。栃尾にに着いてまず元市役所の支所を訪ねた。生活課の窓口でここに来た経緯など話したが、少し訝しげであったが地域振興課の方に問い合わせていただき、そこの課長さんと係長さんがお相手をして下さった。そもそも栃尾市に来るきっかけになったのは随分前であるが、栃尾市から手紙を頂いたからである。栃尾と言う苗字がある事を知り、全国の栃尾宛に手紙を出したのだ。係長さんはその手紙を出した事は覚えておられたがその後どの様な反応があったかは分からないと言う。お二人から栃尾市の歴史や現状など話して頂いた。記念の手まりストラップやパンフレットを戴き、玄関で記念の写真を撮らせていただいて、帰ろうとしたが、強い雨。しばらく雨宿り。








昨日新潟の河川敷でラジコンヘリを飛ばしていた人は栃尾市の出身。栃尾市に母親が独りで住んでいるから寄って見ないかと言われていたので、菓子を少し買って寄って見た。すでに電話があったとのことで、待っていてくれた様子。上がらせてもらい、お茶や笹団子を頂いた。昭和3年生まれとか言ったので、私の母と同じ様な年代である。お年寄りには不似合いなプロ用ミシンがあるので訊いてみたら、旦那さんは婿養子だったが、子供が小さい時に離婚したので、洋裁を習ってそれで子供と親を養ってきたと言う。当時は時代が良かったので普通の勤めより沢山稼げたとも言っていた。それにしても子供二人に親まで養うのは大変であったろうと思う。
帰りによく来てくれたと、自分で作ったと言う手まりを下さった。実家の母に会ってきた様な気分であった。








おばあさん宅をでた後、薄暗くなった町を少し回った。町並みは古く、道も狭い。でも酒屋、あぶらげ屋、菓子屋、八百屋などの店が沢山軒を連ね、時代を感じるとても味のある雰囲気である。あいにく名物のあぶらげはもううる切れていたので買うことは出来ず、町に似合わず大きなスーパーで夕食を買い、1、5km先の道の駅に向かった。

走行距離 64km
支出 1694円

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2010年7月9日金曜日

7/8 新潟

昨夜は道の駅あつま。3人で遅くまで話していた、とは言っても、失業チャリダーが殆ど話していたが。6時頃起きて隣のコンビニでパンやおにぎりを買い、外でコーヒーを淹れて朝食を済ますと、あとの二人共起きていた。
7時頃出発。晴れだ。今日も暑くなりそうである。今日はなるべく新潟近くまで行っておきたい。そうすると後が楽になる。新潟まで100km余。7号線をそのまま行くと途中からまた山側の迂回路に入る。海岸沿いの道の様子を近くの人に訊いて見たら、海岸の方が景色は良いし、上りもちょっとだけと言う。海岸通りをしばらく行くと大岩が小岩が海に沢山。山から転げ落ちたかのようだ。この辺一帯はx(笹川流れ)と言う観光名所らしい。迂回路(バイパス)の方へ殆ど車が行くためか、交通量は少ない。自転車で走るには嬉しいが、観光客は大幅に減ったのではないか?民宿やら土産物屋が多いが客は少ない、大岩をくりぬいた古めかしい短いトンネルや、そこを通る列車も良い雰囲気だ。



道の駅笹川流れで冷やしうどん定食を食べたが、味はちょっと好みに合わない。少し過ぎた所に小さな看板で「美味しいランチ500円コーヒー付き」とあった。こちらの方が良かった残念。海水浴場が点在し、やがて瀬波温泉。さっき出会った佐世保のママチャリダーが、ここに足湯が有ると教えてくれたので、探していたら、あった。



だが残念ながら水であった。そ
のママチャダー、魚とりや釣りを楽しみながら北上している、かなりのベテランチャリダー。以前はマウンテンバイクで旅をしたが、故障すると修理に困るので、どこでも修理ができるママチャリが一番良いとか。その話は以前にも聞いた。旅マシンの究極はママチャリか?いや歩きか?
新潟が近くになると道がややこしい。7号バイパスは自転車が通れないのであちこち道を探し、県道3号に入る。これは新潟駅までまっすぐ行けるようだ。どうせならと道の駅新潟ふるさと村を目指す。新潟駅を過ぎてからはiPhoneを頼りにくねくね。18時頃やっと到着。
夕食は贅沢にガスト。

走行距離 116km(走り過ぎ)
支出 2843円
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7/7 村上市(道の駅あつみ)

道の駅鳥海の西浜コテージ村キャンプ場を8時すぎに出発。もっと早く出たかったが、ブログの更新やらで遅くなった。7号線を南下する。かなり強い向かい風。海岸線をずっと走るつもりだったが、いつの間にか陸の方の迂回路になってしまった。11時過ぎ、周囲が田んぼの所を走っていると、突然おばさんに呼びかけられ、紙包みを差し出し、「これ、ご飯食べてくれ」「怪しいもんでないよ」「孫の弁当でまめご飯炊いて。さっきあんたがそこで休んでいるのを見て、食べて貰おうと急いで持って来た。」「あまりもんでないよ、料理は得意だからおいしいよ」車で先回りして待っていてくれたようだ。突然の事で驚いたが、有り難く戴いた。昭和10年生まれだと言っていたので、75歳だ。しばらく行くと橋があったので、そのたもとでまめご飯のおにぎりを頂く。おばさんの言う通り、塩加減が絶妙でとてもおいしい。




やがて山道になり、上りが結構強いので、途中から海岸線に降りたが行き止まり。仕方なく元の道に上って戻る。ようやく海岸線に戻り、温海(あつみ)に入った頃から風向きが変わり楽になった。
この辺の海岸線は積丹のように大岩が海から突き出ていて面白い。道の駅あつみ。情報提供室と休憩室が有りとても広い。奥に畳の場所もある。あとで聞くと、旅人にはよく知られた場所だとか。



メールを打ったり、弁当を食べたりしているうちに、若いママチャリダーが1人。和歌山の31歳の植木屋さん。今頃は仕事が無いのだそうだ。草刈はあるが、それは自分がやるほどの量でないので、下の者に任せて来たと。荷物は驚く程少ない。殆ど着替えだけ。それで北海道を回って来たと言う。暗くなってからもう1人。これも普通のママチャリ。後にカゴのコンテナを積んだだけ。昨年末に解雇になり、その後住む所が無いので相棒と二人で関東や東北を自転車で旅して回っているらしい。相棒とは途中で喧嘩別れしたという。何か社会の縮図を見るようである。

走行距離 78km
支出 1388円

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