2010年9月13日月曜日

9/12 八幡浜からフェリーで九州へ

昨夜は沢山洗濯したが、風が無かったのであまり乾いていない。朝日が出てあらかた乾くのを待っていたら出発が9時になってしまった。






56号を走るが相変わらず平な道は少ない。湿度が高いのかむし暑い。すぐに汗が流れる。宇和島から高架となり、自転車は締め出し。やむなく海岸沿いの県道274号へ。これも細くて曲がりくねった坂道。ミカン畑が多い 吉田港辺りからまた56号に合流。この辺りの湾内にブイがたくさん並び何かの養殖をしている。店の人に訊くとあこや貝だと言う。宇和島と言えばミカンしか知らないが真珠の養殖もやっていたのだ。しかし、生産量はピーク時の10分の一以下だと言う。赤字だが漁業権確保のため仕方なくやっているとも。56号は上りとなり、トンネルが10本連続する。トンネル入り口に反射たすきが置いて有り、通る歩行者や自転車に着用を促している。事故が多いということか?






トンネルは100mから200m位で短いが急な上りだ。最後の方は6%の表示がある。スピードが出ないのでフラフラして危ない。最後は緩やかだが1.6kmと長い。ようやく通り抜け西予市に入る。途中から56号を離れ八幡浜方面へ曲がる。4時半頃八幡浜のフェリー乗り場に到着。便数は多く、最後は23時過ぎまである。5時40分臼杵行きに乗る。





20時に臼杵に到着。船内で少し仮眠が取れたので少し疲れが取れたようだ。知らない町で西も東も分からない。フェリー乗り場で観光案内図を手に入れチェック。近くに臼杵城跡公園があるので行って見ることにする。急な坂道を上ると大きな広場がある。横にトイレや大きな東屋。猫が2-3匹いたが退いてくれた。



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2010年9月12日日曜日

9/11 宿毛(すくも)

宿毛の13km手前の道の駅。
昨夜は変なおじさんに捕まって遅くまで話をした。この人、石屋さんなのにやたら車に詳しく、特にトラックが好きらしい。興味があるのでいろいろ聞いていたら11時近くになり、芋を茹でて食う時間も無くなった。残っていたおにぎりと、昼間芋と一緒に買ったぶどうが夕食。国内の墓石業界も中国製品に押されて危機的状態のようだ。製造原価低減を求めて海外へ出て、その挙句の事である。
夜は涼しくなってテントの中でも暑くはないが、昨夜は騒音で困った。この近辺は長い直線なので、夜中にぶっ飛ばす奴がいる。それも行ったり来たり。5時頃、直売所に野菜などを出す人が、自動販売機でコーヒーなどを買う音で目が覚めた。朝飯に芋を茹でていたら、前後にコンテナを付けた自転車のオヤジが来た。自らホームレスと言い、去年の10月からあちこち回っていると言う。金はどうするのかと訊くと、自動販売機のおつりの取り忘れや、下に落ちているのを集めると結構食いつなげると言う。この間のお遍路さんは、托鉢で何とかなると言ったが、色々な人がいるものだ。この人よく見ると若い。まだ50歳だと言う。割合ちゃんとした身なりだし話し方もマトモなので現役復帰も可能と思うが、もう定職に付く気は無くなったと言う。今のほうが気楽だと。動けなくなったらどうすると訊くと、お巡りにも同じ事をよく言われると言う。先の事は考えてないようだ。いろいろ訊くと、放浪のための独自のノウハウをよく掴んでおり、仕事に就けばそれなりに出来ると思うのだが。慣れた手つきで自動販売機をチェックしている。多い時は一日2000円位になるらしい。
宿毛を過ぎてから56号線を外れて海岸の県道7号線を行く。これがまた大変な道。初めこそは広いし坂も少しだったがその内3m程に成りカーブと上りの連続。途中から道は広くなったが、坂は急になるばかり。いろは坂もビックリである。最後は押して上る。ようやく峠に着いたら、今度は上りよりも急な下り。危なくてブレーキから手が離せない。下り切った所が深浦。そこからまた上り。今度はトンネルが抜けており、あまり頑張らなくても済んだ。このトンネル、旧の狭いほうが通学用の歩道になっている。今まで通った事のある歩道トンネルとは違い照明は明るく壁は白く塗装され、子供が作ったであろうモザイクの絵が何枚も飾られていて楽しい。






宇和島まで25kmのところにキャンプ場を見つけた。目の前に風呂もある。もうすこし走るつもりだったが、止めてここに泊まることにした。キャンプ場の料金は300円とお手頃である。場所はフリー。入り口に近い所は家族連れが多いので、一番奥に場所を取った。芝生もきれいである。



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2010年9月11日土曜日

9/10 宿毛のほうへ

7時半すぎに足摺を出発。昨夜遅くバイクの二人連れが来てテントで泊まった。今朝ずいぶん
早くテントを畳んで出かけようとしているので、声をかけたら、日の出を見に行くと言う。私も見たいと思ったが日の出時間に余裕もないのでやめた。二人とも大学生で四国一周中。

足摺岬近くのキャンプが出来る場所。



岬の西側の海岸を走るが日陰で涼しい。海側に雑木が生い茂っており、朝なのに薄暗い。景色は所々しか見えないが、それがまたきれいだ。
土佐清水で昨日の道に一旦戻る。それからまた海岸線。海の碧、空の青が素晴らしい
土佐清水の道の駅(めじかの里)で弁当を買って食べていると昨日の折りたたみチャリダーが来た。今日はこの先の宿毛で宿に泊まると言う。
この道の駅、まるで客が居ない。賑やかしに人形がたくさん立ててある。昼になって急に客が増えたと思ったら、裏にある会社の嬢業員らしい。少し早いが今日はもう走るのはやめた。やはり昨日走り過ぎたようだ。朝から体が重かった。5時頃若いチャリだーが来た。荷物が少ないので四国一周くらいか。案の定、四国一周だった。日本一周を羨ましがる。大学生なので時間的に日本一周は無理なので、ぜひ北海道一周やってよと言っておいた。彼も今日は隣の宿毛で宿に泊まると言う。

一緒に記念撮影。彼の名は楢野さん。




4時半頃店に入ったら、さっきまであった弁当類が全く無い。聞くと全部引き上げて行ったと言う。困った。今夜の飯が無い。売っているには菓子ばかり。仕方がないので、直売所でさつまいもを買った。茹でれば飯の代わりになる。

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9/8 四万十へ

産田さんと、そのお母さんに見送られ出発。お母さんが予備の旗の縁をミシンで縫ってくれたので、4ヵ月使ってヨレヨレになった物と交換した。ミシンは何でも大正時代の物とか。嫁入り道具に持ってきたらしい。


55号線は高知で56号線になる。それをずっーと西へ走る。産田さんには途中の上りは結構きついと言われていたが、確かに最後の七子峠はきつかった。斜度そのものはそれ程でも無いが、距離が長い。およそ7km上りが延々と続く。朝のうちは少し気温が低かったが、晴れてくると雨の後だけに蒸し暑い。

峠の途中の景色。こんな高い所を上っている。



峠を超えてしばらく走ると四万十町。先には四万十市がありややこしい。四万十川はさらに50kmも向こうなのになぜ?道の駅 あぐり窪川 につく。今日はここに泊まり、溜まったブログを片付けよう。iphoneの調子もよくなった事だし。

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2010年9月10日金曜日

9/9 足摺岬

四万十町の道の駅 あぐり窪山をでて56号線を走る。四万十川までは約50km。途中の小さな峠でおじさんがチャリだーに会う。折りたたみ自転車だ。これで分割日本一周していると言う。



56号から321号に入り、四万十川沿いを少し下る。途中から海岸を離れ、小さなアップダウンを繰り返し海岸へ出て、その後土佐清水市へ。
土佐清水からまた東側の海岸に戻る。さっき土佐清水へ行かず、そのまま海岸を走れば良かったのだ。土佐清水からまっすぐ行くより遠回りだが景色は良い。登りが少ないかよ思ったが残り7km位はずっとのぼり。細い道をくねくねと。両側には民家や雑木林。雑木林の中は、まだ4時頃なのにうす暗い。暑さはそれ程でも無いが、疲れが出てきた。あえぎながら進む。走行距離はたぶん100kmを超えているであろう。5時過ぎやっと岬に到着。
隣のおっちゃんは観光巡礼の方。後ろはジョン万次郎の銅像


今までの感じと打って変わって観光客が一杯。取り合えず灯台へ。入り口の小さな公園は泊まれそうだ。灯台の周囲は歩道が作られていて足摺り七不思議を巡る。弘法大師が石に爪で引っかいて書いた南無阿弥陀仏とか。そう言われれば字に見えなくも無い。歩道は気に覆われていてさながら木のトンネルのようである。入り口に戻り、買っておいたビールと弁当で夕食。38番札所の金剛福寺を参拝。
立派な寺だ。その後は泊まる場所。丁度、灯台そばの売店のおじさんが帰るところだったので、泊まれる場所を訊ねた。ここは最近イノシシが出るから危険だそうだ。「7-800m行ったところに国際ホテルがあるのでその脇を左に入り、100m程行った所に立派なトイレがあってその奥にキャンプできる場所があるからそこのほうが安心だ。」その通り行ってみる。さっきのおじさんが車で着いてくるのが分かる。国際ホテルの湧きで振り向いて手を振ると、おじさんも手を降ってくれた。言われた場所はその通りで、直径5-60mほどの丸い芝生のひろば。草丈はちょっと高いが立派な場所だ。さすがに炊事場は無い。でも蚊が多い。早速洗礼を受けた。



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2010年9月8日水曜日

9/7 高知観光

昨夜から雨が時おり激しく降る。九州の北の方にある台風に吹き込む南風の影響らしい。今朝も雨。産田さんが高知の名所を案内してくれることになった。お母さんを病院に送り届け、診察の合間に高知城へ。姫路城に比べると小さいが、戦災にも合わず残っている貴重な城だ。石垣は最近補修されたらしい。ところどころ色に違う石がある。今後こういう石垣を補修するような技術は伝承されて行くのであろうか。山内一豊が築いた城だ。中にはドラマで仲間由紀恵が着たキモノなどドラマに由来する物が沢山展示されていた。天守閣からの眺めは素晴らしい。




昼はカツオのたたきを頂いた。さすが本場で食べる味は格別である。午後は坂本龍馬記念館と桂浜。折しも坂本龍馬ブーム。手紙の展示がメインだが、写真が好きだったと見えて何枚もある。手紙は日本語で書かれているのに、殆ど読めないには残念。レプリカだが愛用のピストルもあった。S&W32口径、警官が持つ物より細身でスマートな形である。明治維新に詳しい方が多いが私は恥しいくらい知識が無い。展示に著名な人が大勢登場するが知っているのは名前くらい。学校で近代史は習ったのか?寝ていたか?
桂浜も歩いて見た。以前来たはずなのに全く記憶にない景色。



その後は早めに帰りブログ更新。また、産田さんの膨大な山や旅行の記録写真の一部を見せて頂いた。
一枚一枚に筆でコメントを書きアルバムにしてある。頭が下がる思いである。

走行距離 0km
支出 0円
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9/6 高知

昨夜は室戸岬に近い野球場。夜半すぎ強い雨がふり、明方また降った。お陰で少し涼しくなった。昨日の昼、お遍路の人と一緒に買いあさった半額のパンとインスタントみそ汁と、生のキュウリに塩コショウ(塩が無い)を振りかけてかじる。今日の目標は高知市。いの町にセンパイの産田さんを訪ねる予定。距離は地図上では75km位。坂が少なければ無理しなくても到達可能な距離だ。55号線を走るが途中から海岸沿いに自転車道を見つけたのでそちらを走る。これも線路跡のようだ。お遍路さんの接待所がある。賑やかしに人形が何体も座っていて微笑ましい。



さらに行くと無料宿泊所。自転車、台車はお断りとある。歩き遍路専用らしい。台車というのは?。荷物を満載した乳母車のような物を押している人がいたが、その事?
その後も太平洋を横目に見ながら走る。ちょうど昼過ぎにログハウスのレストランがあったので入ってランチを注文。コーヒーも付いていて850円は手頃だ。窓を全開にしているので海からの風が気持ちいい。メールチェックなどして一時間ほどして出る。自転車道も飽きたのでまた55号線に戻って走る。ソフトバンクのショップが目に付いた。この所、iphoneの調子が悪い。文章を書いている時突然ホーム画面に戻ってしまい、それまで書いたのが全部パー。こんな事が度々あってブログも滞りがち。笑顔のおねえさんに症状を言ったら、「分かりました。すぐ直ると思います。iphoneは賢過ぎて、時々変になるんですよ」 何でも学習機能が満杯になってしまってパニックになりホームに戻ってしまうらしい。ん、それって本当に賢いの? おねえさん、「学習機能をリセットして良いですか?別に問題は起きません」ちょいちょいと操作して「はいどうぞ」
その後は大丈夫のようである。南国市野市(のいち)のソフトバンクショップは感じの良い店でした。産田さんちまで25km余り。すこし遠回りになるがまた、海岸沿いの道に戻って桂浜を目指す。桂浜へ渡る橋は見上げるように高い。自転車でも行けるのか。特に表示はないので通ったが狭くて恐ろしい橋。



何とか橋を渡って急坂を上っておりて、桂浜を覗いて行こうと思ったが道路からは何も見えず。細い道で橋の下を潜って今度は仁淀川を目指す。産田さんちは仁淀川を少し上った所。海岸線に出たためかなり遠回りになったようだ。5時半頃やっと仁淀川。産田さんに電話すると迎えに行くと言う。10km程らしい。仁淀川の土手を走り始めてしばらくすると、向こうから車に乗った懐かしい顔が近づいた。






折しも雨が降り出す。それも本降り。慌てて荷物を全部車に乗せてもらい、後を付いて走る。空荷は軽い。土砂降りの中20分ほど走りようやく到着。面倒なのでカッパは着ず。全身びしょ濡れ。これ位濡れると返って気持ちが良い物である。

走行距離 96km
支出 1605円



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