2010年10月1日金曜日

9/27 ひめゆりの塔

6時ごろ起きたが、さすがにみんなまだ寝ている。娯楽室でごろ寝しているやつもいる。コーヒーを沸かしパンをかじっているとポツリ、ポツリと起き出して来る。みんな静かに顔を洗ったり朝食の準備をしたりしているようだ。昨日洗って屋上に干しておいた洗濯物はまだ乾かないのでしばらく出られない。
急に何人かが賑やかに話し始めたので中に入れてもらう。夜勤のアルバイトの人が帰って来て話をしている。昨日来たと言う若い女性はバイクで千葉から来たと言う。テントは持たず、寝る時は寝袋だけらしい。いい度胸である。沖縄で仕事を探して定住するつもりらしい。
夜勤明けの人もバイクのお姉さんも顔は出したくないと写真は断られた。





Base Okinawa






9時過ぎに出発して、取り敢えず首里城を目指す。途中が国際通り。派手な看板の土産物やら食堂、雑貨店が軒を連ねる。まだ時間は早いが観光客が大勢歩いている。首里城は一部修理中で足場などで覆われているのは残念。近年新しく再建された物らしいが立派な木造建築である。琉球王朝と言うのは、本土とは全く違う文化である事がわかる。
首里城内部






その後もまた国際通りを通って海岸線に出る。しばらく走るとひめゆりの塔。有名な話なので知ってはいたが、生き残った人達の手記の内容は生々しく、戦争の残酷さを克明に物語っている。
次に訪れたのは平和記念公園。もう日も落ちたのでここで泊まるしかないが綺麗すぎるし立派すぎる。

走行距離 44km
支出 2294円


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9/26 とうとう沖縄

沖縄行きのフェリー
昨夜はバイクで来ているお兄さん達と遅くまで話していた。1人は東京から。北海道からずっと回って来て沖永良部島で農作業をやるそうだ。ボラバイトと言って、半分ボランティアなので給料はとても安いらしい。もう1人は福岡からでやはりずーっと北海道も回って来たようで、自分のやるべき事が見つからないので旅に出たらしい。自分探しと言うと、なんだか聞こえはよいが、どうなのか。







朝早くから途中の島々に次々と入港する。沖永良部島は昼ごろ。東京のライダーと握手して分かれた。フェリーの中の時間は遅い。でもお陰で、溜まっていたブログを一気に更新出来た。貯めると大変だ~。しかし不思議なのはほとんど下りなので寝てばかりいて自分の席から出ない人がいる。今までのフェリーの雑魚寝状態と違って、頭の部分だけが一人ずつに仕切られておりマットも細長い一人用、それと毛布と枕もついている。バイクのお兄さんは、この場所を私のと間違っていたのだ。
午后7時、とうとう沖縄についた。






今日の宿はbase okinawaと言うゲストハウス。外国人はいるが少なそう。日本人の若い人が殆ど。部屋は4人部屋だが既にもう寝てるやつがいる。共用のスペースは禁煙と喫煙に一応分かれている。一部の人は喋っているが、だまってマンガやパソコンとにらめっこもいる。寝転がっているやつも居る。みんな勝手きままだ。最小限のルールさえ守っていれば誰も干渉しない。それが良いのかもしれない。教えられた高良食堂で食事。セットメニューを選んだら量が多すぎて困った。シャワーを浴びて適当に洗濯し屋上に干す。屋上でも1人孤独を楽しんでいる人がいた。
走行距離 4km
支出 2035円

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2010年9月26日日曜日

9/25 さらば屋久島

オーシャンビューキャンプ場はなにもなくて良い所。誰も居ないので裸になって体を拭いた。とてもよい気持ちだ。海は結構波が高い。昨夜も初めは波の音が気になったがそのうち寝てしまった。






キャンプ場の係の人が来てテントを張り始めた。「内地からくる人はいろいろうるさくて大変です。」「この間も男性数人のグループが常設テントのの中に蜘蛛の巣があるとかで騒いでいる時、隣のテントの若い女性が、そんなの当たり前でしょう。それが嫌ならキャンプなんかしなければ良いと一喝してくれて。我々はお客さんにはなかなか言えない事なのでスッとしました。」キャンプ場も大変な時代だ。
山荘をお借りした日高さんから、是非にと言われていた屋久杉の工房へ向かう。空港の近くだから約10km。荷物は全てテントに置いてきたので軽い。工房の名前は岳南。子供を抱いた女性が作品の説明をしてくれた。この工房は屋久杉に必要最小限の加工をして、その木の持つ特徴を生かす様にしているそうだ。同じ木から取ったと言う大皿が3枚並んでいる。一枚は木目の模様が屋久杉の大王杉に似ていると言う。風景画の様に見える物もある。木目の関係なのかホログラムの様に浮き出て見えるし、見る角度によって模様も変わる。不思議である。






これは出来上がりをイメージして28年かけて育てた杉から作った「妖精達」





作者の岳南さんにもお会い出来た。痩せ型で背は高く、骨格のガッチリした方。工房の隣に展示場を兼ねた宿泊設備を作ると言う事で、自分で床材を張っていた。年齢は私より少し上くらいか。さっき説明してくれた子供を抱っこした女性は奥さんである。元お弟子さん(今も?)
急いでキャンプ場に戻り、テントを畳んで荷物を積み、フェリー乗り場に向かう。乗り場の近くで藤田さんにまた出会う。昨日の朝、江藤さんと一緒に鹿児島へ渡ると言っていたが、都合でやめて、さっき江藤さんと分かれたばかりと言う。フェリーの時間は12時半と思っていたら12時。藤田さんにお別れを言って、弁当も買えずに急いで乗り場へ向かい、ようやく間に合った。最後は慌しかったが、いろいろ楽しい思い出も友達も出来た屋久島ともお分かれである。今度また何時か来よう。
船は定刻に出航したが、だんだん揺れが激しくなる。江藤さんも隣に来た。江藤さんや隣のお兄さんと話していたが気持ちが悪くなり横になる。船と並行に横になると楽だ。となりのお兄さんは、今までに300mの山しか登った事が無いのに今回は2泊3日で2000m近い屋久島縦走。それも1人で。天気に恵まれたからよかった物のかなり無謀なチャレンジである。波が高かったせいか鹿児島に着くのが20分くらい遅れた。隣のお兄さん、16時に着く予定だったので、16時半の高速バスを予約していると言う。焦っていたが間に合ったかな?5日振りに鹿児島に戻ったが、沖縄行きフェリーは18時。ドルフィンポートでぶらぶらしたかったが時間は無い。2km程離れた沖縄行きフェリー乗り場に向かう。17時半、沖縄行きのフェリーに乗り込む。いよいよ沖縄だ。26時間の長旅である。
走行距離 20km
支出 22490円


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9/24 林道猿の襲撃?

藤田さんの家
夜中二時ごろ江藤さんが出かけて行った。たぶん海中温泉だと藤田さん。帰って来たのは知らなかった。その江藤さん6時ごろ起き出し、今日はタッチュウ岳に登山するのでその前に机の傾きを直しておくと言って、丸のこで合版を切り出した。えっ、こんな朝早くから!近所からクレームがこないか。
江藤さんが山登りするので元の事務所にあるカッパが必要と、藤田さんと一緒に出かけて行った。しばらくブログを書いていたが、携帯は通じないのでメールは送れず。10時ごろ戸締りをして出発。もちろん鍵なんぞはかけない。
今日は屋久島を時計回りに回って元の宮之浦港に戻る予定。
しばらく行くと大川の滝。日本の滝100選の一つだそうだ。大きな岩壁を流れるのはすごい。滝壺のすぐそばまで行けるのでしぶきがまともにかかって大迫力。









滝のあとは20kmほど林道となる。初めは広いがだんだん細くなり、車一台がやっとのところも有る。最初の上りがきつくて長い。道が細くなると同時に、両側から木が覆いかぶさり薄暗くなる。ライト点灯の看板があるくらい。猿や鹿が道路の外や路肩でうろうろしている。別段怖がる風は無い。坂がきついのでかまっている余裕は無い。ようやく長い坂を超えたのでこれで終わりかと思ったがその後も何度も小さな峠。気持ち良く坂を下っていると女性2人組が歩いていて声をかけて来たので止まるとやっぱりおばちゃん。例によってどこから来たのどこへ行くのと訊かれる。男はいいわねーこう言う事が出来るから。と1人の人。一緒に写真を撮って分かれて先へ。こんな所歩いていて危ないなと思ったら、そうではなく、タクシーで観光して居る途中で、この辺りの林道は気持ちがよいので少し歩いて見たらと言われて歩いていたのだそうだ。間もなくタクシーが停まっていた。しばらく走るとさっきのタクシーが追い越して行って、おばちゃんたちが手を振ってくれた。景色のよい所でガードレールに自転車ごともたれて写真を撮っていたら、いつの間にか大きな猿がすぐ側まで来ており、こちらに向かって走って来るではないか。慌てて走り、何とか逃げ切った。危ないところであった。ようやく林道を過ぎて永田の町につくが、ここでも携帯は不通。この辺りの海岸はニホンでも有数のウミガメの産卵場所らしい。









それから10km。宮之浦港についたのは17時半ごろ。今日は宿がよいと思い観光案内所へ行ったら連休なのでたぶんどこも一杯。えーっ、連休中なんだ。金曜だから大丈夫と思ったのに。自分で探してと言われリストを貰い電話をかけてみるがやはり空いて居る所は無い。すぐ前に手頃な公園があるがキャンプ禁止に立て札が。屋久島はどこも公園には泊まれないのだ。きびしい。仕方がないのですこし先のキャンプ場を目指す。ようやくキャンプ場へ来たが観光センターの許可がいると言う。入り口あたりにテントが一つ。電話をかけるとなんと、さっきの観光案内所まで申し込みに来いと言う。こんな所まで見回りに来る訳も無いと思ったが、安心して寝るためにはと荷物を置いてまた逆戻り。料金は800円。案の定他に今日申し込んだ人はいない。それから買い物して戻るとすっかり暗い。幸い月が出ているので支障はないが。波打ち際に近く、波が高いので音がうるさい。

走行距離 73km
支出 800円


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9/23 平内海中温泉

夜中に雨。止んだと思ったらまた雨音で目が覚めた。朝方にはかなり強い降り。今日は出発できないかなと思っていたが、その後は降らず。雲は多いものの朝日が見え隠れ。様子を見て出発しよう。雨の心配もなくなったので10時ごろ、隣の山荘で長期滞在している御夫婦に送られて出発した。日高さんの家に寄り、御礼を言う。ふくれ菓子をまた頂く。日高さんも、徒歩で日本縦断をして、あの植村直樹さんの記録に挑戦すると言う夢があるそうな。是非挑戦して欲しいと思う。有難うございました。






引越しの藤田さんに縄文杉に会ってきた事と、今朝出発しますと電話したら、まだ引越しの最中らしい。みんなでお昼をと言う事になり、この先の平内海中温泉近くの店で待ち合わせの約束。時間があるので海中温泉に行って見たらと言われ行って見た。ちょうど引き潮の時間らしい。磯の穴に少し石を積み上げただけの浴槽。満潮のときは海の中。パイプで温泉が引いて有り、引き潮になってしばらくすると適温になるらしい。仕切りも脱衣所も何にもなし。もちろん混浴だが、さすがにこの時間は女性はいない。100円を入口の箱に入れる。全くの露天なのでちょいと恥ずかしいが、入ってみると何とも言えぬ解放感。





上がり湯も水もない。元湯が溜まっている所から湯をくんで体かけて上がるだけ。これで上等である。それらしきレストランに来たが携帯が通じないので確認も出来ず。入ってみると予約されていた。集まったのは藤田さん、一昨日一緒にやった大島さん、藤田さんの新居に入って居たと言う女性と、さらに福岡から軽トラックで手伝いに来たと言う江藤さんと言う男性。藤田さんとこの男性は何かのサークルのメンバーらしい。ホームページを見たがよく分からない。食事が済んだのはもう午后2時過ぎ。今から走っても大して走れない。引越しの手伝いをして今夜は藤田さんの新居に泊めてもらう事になった。江藤さんという男性も泊まる様だ。今度は大島さん、江東さんと家具のセット。それまで運んだ家具や荷物が所狭しと置いてある。何せ古い作り。適当にと言われても机なぞは置き場所に困る。それでも何とか収まり。江藤さんさんは持って来た丸のこで板を切り、タンスなどに傾き調整。







大物はだいたい片付いたので今日の仕事は終わり。江東さん二人で軽トラに乗って近くの温泉に。ここは昼の海中温泉に毛が生えた程度。通路に申し訳程度の囲いがあり、男女別だが浴槽は一つ。真ん中に6〜70cmの高さの仕切りがあるのみ。屋根も壁もなく完全な露天風呂。立てばお互いに丸見えだ。脱衣所も洗い場もない。女性も何人か入っていて、声からすると若そうだが、マトモに見る訳にもいかず。変な物で、見えないときには覗こうとするのに、見えると分かると却って目をそらしてしまう。江藤さんと適当に体を流して出て来た。隣に大きな石を隔てて足湯が有り、そちらにも若い女性がいて、こっちが立ち上がって脱いだり着たりしているのは丸見えだ。
藤田さんの家に帰って三人で夕食。江藤さんがスパゲッティを茹でて調理した。ガーリックが効いていておいしい。それと昨日煮たと言う鹿肉。これも脂肪が少なくてさっぱりした味。
あたしはこっちでと藤田さんは隣のタンスをいっぱい並べた小さな部屋へ、私と江藤さんが広い所を占領して寝る事になった。知らない物同士が同じ屋根の下で寝ている訳だが、テントで1人寝るよりは安心できる。
走行距離 12km
支出 1000円


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8/22 縄文杉に会う

4時起床、5時3分のバスに乗り登山口へ。途中でシャトルバスに乗り替え登山口へ。シャトルバスは満員である。登山口にはすでに大勢の人。6時25分頃出発。久し振りの登山だ。ガイドどを伴ったグループはそれぞれ説明を聞いたり、準備体操をしている。しばらくの間はトロッコの線路の上を歩く。枕木の間隔が不揃いで地面より少し高いので、歩幅を合わせながら歩くのは大変だ。まわりの景色が気になるが、足元からも目が離せない。天気が良いが殆どが日陰なので、涼しい。しばらく歩くと小杉谷小学校跡。屋久杉の切り出しで大勢の人がここに住んでいたのだ。山深くなるに連れ線路脇の木は大きくなり、太い木の切り株が目立つようになる。途中から枕木の間に板を敷いてあり、とても歩きやすくなった。ずっと上りだが殆ど傾斜を感じない程度である。深い森の中の線路をもくもく歩く。約2時間、 線路道が終わって山道の登りに入る。ここにはトイレも水もある。水は沢の水だろうが、とても美味しい。日高さんによると、この山の水は殆ど飲む事ができるらしい。これからしばらく登るとウイルソン株。巨大な切り株だ。中が空洞になっており、ひとなら20人でも楽にはいれそう。上がぽっかり見えており、隅の一点から見上げると、この穴がハート形に見えるらしい。覗いて見た。確かにそうだ。さらに登ると翁杉。これは縄文杉に次いで大きな木だが、残念ながら今年倒れてしまった。バスで一緒だった青年は、この木の弔いに来たと言う。倒れた木の前で手を合わせている。私も一緒に手を合わせた。屋久杉は倒れた木の上に新しい苗木がそだち、それが何百年もかけてまた大きな木に成長して行くのだ。途中、日高さんの息子さんが私を見つけて声をかけて来た。彼もガイドで今日は2人の年配の客を案内しているようだ。母からですとふくれ菓子(蒸しパン)を手渡してくれた。有難い。縄文杉に登る事は伝えてあったのでわざわざ持たせてくれたのだ。バスの青年が早いので負けずについて行く。彼の予想通り、ウイルソン株から一時間足らず午前10時に縄文杉に到着。木を守るため展望デッキがつくられており、それ以上近付く事は出来ないが、大迫力である。他の大木と違い、木の周りが開けているので、なおさら堂々として見える。7000年とも言われるが、最新の技術で行った結果は、少なくとも樹齢2160年。内部はやはり空洞があるので、それ以上は測定不能だそうだ。






ひとしきり青年と写真を撮ったあと、彼は急ぐからと先に降りて行った。1人で少し先にあると言う休憩広場に向かう。100mあまり行った所に小屋と、その前が開けた場所があった。昼には早いがコーヒーを沸かし頂いた膨れ菓子を食べる。手作りだろう、しっとりした上品な味。さらに昨日から買って置いたおにぎり、パンも。我ながらよく食べる。食べていると鹿がでて来た。餌を与える心ない人もいるのだろうか、全く人を怖がる様子はない。本土や北海道のよりはかなり小型である。







帰りは登りの人が大勢来るので道を譲るため、なかなか思う様には降りられない。線路道まで来ると大勢休憩している。それ程疲れは感じないのでそのまま歩く。朝と同じ様に木漏れ日の中を歩くが、やはり朝とは光が違う。朝の方が柔らかい。14時40分頃登り口に到着。バスに乗って自然館前に15時40分。しかしこのあと山荘方面に行くバスは17時11分。少しの差で前のバスに乗り遅れた様だ。今回は山登りの装備は持ってなかったので靴はいつもペダルを踏んでるスニーカー。それは良いとしてもザックがない。借りるのは簡単だが、ある物で何とか工夫するのも楽しい。自転車のフロントバッグの金具を取り払い、ショルダーバッグのベルトを取っ手に通して両脇に縛り付けると、この通り。即席ザックの出来上がり。多少背中に違和感があるが、十分間に合った。








ようやく来たバスに乗って山荘に戻ったのは18時頃。隣の山荘に滞在しているご夫婦が出て来て「あっ、登って来たんですか」しばらく話をして、夕食と明日の朝食の買い出しに出た。
走行距離 13km
支出 3675円


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9/21 モッチョムが見える 山荘

4時ごろ目が覚め、何げなく窓の外を見ると凄く星がきれい。外に出てみるとオリオン座が正面に見える。冬の星座だ。すぐそばのシリウスがギラギラと輝いている。この時期でこれだから冬はさぞかしであろう、是非見たいものだ。朝日が出てくると裏に聳える山が素晴らしい。モッチョムというらしい。







日高さんの薦めもあって(千尋の滝)に行く事にした。道は良いが急なので自転車は無理らしい。約3km。車やバスがスイスイと追い抜いて行く。滝は今までみた滝とはぜんぜん違う。落差はそれほど大きくはなさそうだが
周囲が開けたV字谷の底から、水が流れ落ちる景色は雄大である。






滝入り口に軽のワンボックスでジュースを売っている。さとうきびジュースとあるので迷わず注文した。さとうきびの茎を機械に入れて絞る。まさに絞りたて。酸化しやすのだそうだ。味の調整に氷を少し入れてくれた。おいしいがかなり甘い。むかしかじった、とうもろこしの茎の香りがする。10年ほど前にタイで初めて飲んだスッキリした甘さとはまた違う甘さである。さとうきびも種類がたくさんあるとのこと。屋久島でさとうきびジュースを飲ませるのはここだけだそうだ。と言うか、このおじさんがジュースにするためにだけ栽培した物だという。
山荘に戻る途中で昼食を買いにコンビニへ歩いて行く事にした。かなり距離があるので自転車で行きたいところだが、山荘はかなり高いところに有り、そこまで自転者を取りに戻り、さらに買い物してから押して上るのは大仕事。昨夜も汗だくだった。
コンビニと言ってもローカルなもの。おにぎりも弁当も売り切れらしく何もなし。仕方なくパンをいくつか買って戻る。途中珈琲の看板が。何か食べ物が有るかもしれないと入って見た。およそ店らしくない作りで、真ん中のテーブルはおばちゃん3人が陣取っている。店主らしき人が奥のテーブルからパソコンを片付けて席を作るようだ。おばちゃんの一人がここへどうぞと席を開けてくれたので、そこへ座る。どう見ても食べ物はなさそうなのでコーヒーを注文する。なんと保温ポットで出て来た。一杯ついでもまだ沢山有る。おばちゃん達しばらくお互いに喋っているだけだったが、その内こちらに興味が出てきた様で、どこから来たとかどこへ行くとか訊いてきた。小一時間ほど話していて、みなさん帰ると言うので私も帰ろうとして、支払いをと思ったら、一番年上らしいおばちゃんが纏めて払ってくれた。コーヒーは250円。3杯分もあって驚きの安さ。一緒に歩いているうちに一番年上のおばちゃんが他の二人に「ご飯食べてないでしょう。インスタントしかないけどうちに寄って食べて行けば」と言っている。メガネをかけた人が「じゃーあんたも一緒にどうですか」と言ってきた。特に依存は無いので一緒に付いて行った。
おばちゃんの家は、私が借りている山荘の上り口だ。大きな家に一人暮らしだそうだ。ラーメンと、一人分多く作ってしまったうどんも頂いた。
そのうちもう一人かなり若い人が現れた。先ほど珈琲屋で席を勧めてくれたメガネのおばちゃんが私に「今日は時間有りませんか?ボランティアしませんか?晩ごはん後馳走しますよ」と言う。この人藤田さんは今引越しの最中らしい。あとからきた女性大島さんは引越しの手伝いに呼ばれた人。結局私も引越しに手伝いをすることになり、車に乗せられる。
右からこの家の主、日高さん高山さん藤田さん大島さん。






途中もう一人の人、高山さんの家に寄る。すごく広い敷地。訊くと1500坪。敷地内を川が流れており対岸にバナナの木、ニワトリのケージなどがある。海岸寄りの土地が売りに出たとき、他の人に買われて家を建てられたらせっかくの見晴らしが台無しになるので、売れる前に買い取ったとか。家は御主人が建てた、と言うかよく見るとあちこちが未完成。御本人はもう完成したつもりでいるらしいとの事。藤田さんの家に行き、大島さんと軽自動車に荷物を詰め込み、次の家とを何度か往復。今の家は相当のボロ。壁も押入れも隙間だらけ。壁と屋根の間から空が見えるくらいの隙間。敷居も鴨居も減り、引き戸はまともに動かない。驚いた事にこんな家でも次の借り手がもういるらしい。今度の家も相当な古さだが前よりは少しましか。それでも廊下は床が抜けてブカブカ。建具の立て付けは悪い。以前豆腐屋をやっていたと言う事で五右衛門風呂のような大きな鍋とかまどが有り、横には大きな物置も有る。ここを借りていた人は町営住宅が当たったらしい。屋久島は家を借りたいと言う人が多いので、古い家でも結構借り手がつくらしい。5時すぎ、適当な所で切り上げる。大きな家具は明日福岡から軽トラックで手伝いにくる人がいるらしい。その日は藤田さんにYーVITAという店で夕食をごちそうになったが、この店のまだ若いご夫婦が藤田さんのあとのボロ家に入るとのこと。帰りは4km程の道のりを歩いて帰った。藤田さんの家は1km程。そこからは独りで。幸い月明かりであったが、山荘に上がる坂道は真っ暗。100均のライト付きキーホルダーが役にたった。
走行距離 0km
支出 1333円

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